日記20190616

 日記とは手段であって、目的ではない。夜中の一時をまわってから、ああそういえば今日はまだ日記を書いていなかったな、とのそのそ布団から出てきて書くようなものではないのである。

 キャンパス内の長い階段を降りるとロシア領であった。実は『雪国』の冒頭は初めからあのような書き出しではなかったというのはあまり知られていない事実である(雪国冒頭部分の初出は昭和十年の雑誌掲載(『改造』だったか)なのだが、それの書き出しは国境の長いトンネルを抜けるあの書き出しではない)。まあそんなことは俺の髪の毛の本数くらいどうでもいい話題だからほっておくとしよう。

 今日の晩御飯は新宿にあるバスク料理のお店へ行った。正直私にとってバスク地方のイメージというのはかなり希薄で、バスク語についてならまあ少しは知っているけれど、文化習俗に関する知識はまあ乏しいものであった。ということでまあ何があるのかよく知らない状態で行ってみたけれど、いや、うまい。あんまり良いもの食べて育ってきてないので舌が貧乏なのがコンプレックスなのだが、そんな私でもわかる、これはおいしい、あと酒が進む。アルコール万歳。

 日記を書き始めて気づくこととして、俺の一日のあまりの薄さがあげられる。いや、マジで書くことないんだもん。一応毎日四百字詰め原稿用紙二枚きっかり書くようにしているけど、今日みたいにうっすい一日を毎日過ごしていると何もかけずに画面に向かうことになってしまう。なにかネタを探さないと。

 最近自分の中でピアノへの熱が再び起こってきてよいことだ。スクリャービンの幻想曲を弾きたいと思って楽譜を買ったのだけど、なんにしても難しすぎてまだ3ページしか進んでいない。8つのエチュードとかはそこまで苦労しなかったしやはり幻想曲が難しすぎるみたい。ラフマニノフといい、あの時代のロシアは怖すぎる。時間かけすぎた。寝る。